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シャンソン歌手・若林ケン流「無茶な生き方」のススメ (1/2)「侘(わび)」「寂(さび)」「粋(いき)」「鯔背(いなせ)」――フランスが生んだ心の歌“シャンンソン”という音楽でそれらを表現し、歌い聴かせてくれる、若林ケンさん、61歳。あの「川の流れのように」の作詞も手がけた有名作詞家、秋元康さんは自身のエッセイのなかで、シャンソンブームの到来を予言しています。「最近、聴きたいと思う曲がない」「心に響く音楽に出合えない」と感じている方、魂を揺さぶる若林さんの歌声を是非!
「59.9歳の自分」では青臭くて歌えなかった
――昨年、シャンソン歌手として「還暦デビュー」を果たされた若林さんですが、以前から、ご自身がマスターをつとめるお店で歌っていたんですね。感動して泣いてしまうお客様もいるそうですが…。 ええ。嬉しいことに、「このお店で、あなたの歌を聴いて、シャンソンが好きになった」と言ってくださる方も多いんです。ライブでも、客席で泣いている方の姿をよく見ます。「悲しみの中からしか、喜びは生まれない」ですから、ライブで感情がこみ上げてきたら泣いてほしい。泣いたあとは、周囲が美しく見えるし、すっきりした爽快感が味わえると思うので。 ――若林さんの曲を聴くために、九州や東北など地方からわざわざお店に足を運ぶ方も多いとか…。「車のラジオから流れてきた若林さんの曲を聴いて、涙が止まらなくなり、路肩に車を止めて泣いた」という運転手さんまでいらしたそうですね。 ありがたいことです。ただ、地方の方が東京まで足を運ぶとなると、ホテル代や交通費が結構かかりますよね。それが今まで心苦しかったので、全国ツアーができるようになって、地方の方のもとに、こちらから駆けつけられるようになったのが嬉しいです。 ――このサイトはSTAGE世代向けのコミュニティで、「50歳未満お断り」なのですが、若林さんは60歳になったら歌おうと決めていた曲があったそうですね。「60歳未満」では歌えなかったのですか? 還暦を迎え、ようやく人生の曲が歌えるようになりました。59.9歳の自分では、まだ青臭くて歌えなかったので(笑)。そんな人生の曲も含め、新しいアルバムでは“節目節目”を歌った、厳選5曲を発表します。
――シャンソン・ビギナーでも楽しめそうですね! 若林さんはいつからシャンソンを歌うようになったのですか? 30代半ばの頃、銀座のシャンソン・カフェ「銀巴里」で、シャルル・アズナブールの「私は一人片隅で」という曲を聴いてからですね。初めて聴いたとき、涙が止まらなくなりました。こうしたシャンソンの叙情・哀愁は、それくらいの年齢でようやく感じ取れるのかもしれません。カフェテラスで一緒にお茶を飲んでいるのに、彼は向こうに座っている女性に気を取られてそわそわしている。目の前で彼の心は離れていき、恋が終わっていく――。そんな歌詞なのですが、昔、自分が泣かせてしまった女性のことが思い起こされて、ああ、ひどいことをしたなと…。 当時、女性はこうした気持ちだったのかと全身で感じたんです。それは初めての経験で、こういった曲を自分も歌っていきたいと強く思いました。それから、このジャンルの曲を全部覚えてやろうと思って、「銀巴里」に通い続けたんです。シャンソンというのは、ダイレクトですね。そのときどきの温度や湿度、聴いてくれるお客様によって、曲の色合いが変わってきます。浮かんでくる情景もさまざまです。 ――情景というのは、お客様それぞれの中でも思い浮かぶのでしょうね。 ほかの音楽もそうかもしれませんが、シャンソンって、ひとつでも自分の人生に重ねられる部分があると、すっと全身に染みわたる音楽だと思うんです。行ったことのない場所や、体験したことはないことも、似たような体験が折り重なって、自分のことのように聴こえてくる。だから感動がずっと大きい。まず自分が感動し、お客様にも同じように感じてもらいたいと思っています。 |
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